- 中日春秋
夏の季語に、「高野聖(こうやひじり)」がある。高野山の霊験を説いて、諸国を旅した僧のことではない。水にすむ虫タガメだ。夜は人里の灯火に飛んで寄ってくるという。<灯を取りに高野聖の来りたる>富岡犀川
▼背中にある模様が、聖の背負う箱に似ている。異称の由縁だ。小魚を食べる害虫の印象も昔はあったようだが、一方でありがたさも漂わせてきた。不思議な生き物である
▼聖もそのいでたちも、印象が薄くなった現代では、消えゆく季語の一つのようで、俳人夏井いつきさんの『絶滅寸前季語辞典』のシリーズでも、高野聖が取り上げられている。ただ、近頃はタガメそのものの絶滅が危ぶまれてきたらしい
▼政府は、販売目的のタガメの捕獲を禁止した。かつては全国各地で見つかったのに、すでにいくつかの県で絶滅が確認されるほど減ってしまった。ネットでは高額の取引もされてきたのだという
▼最後に見たのは四十年以上前か。当時、すでに希少になっていた印象もある。農薬や水辺のコンクリート化など環境の変化で、個体が減り、田んぼの王者として人気の近年は、乱獲されたそうだ。厳しい行脚をした種である
▼損なわれてきた里山の自然の象徴のようでもある。<虫鳥のくるしき春を無為(なにもせず)>高橋睦郎。宇多喜代子さんの『新版里山歳時記』から引いた。生き物に対する無為の悔いだろうか。尊い虫をまた見たい。
中日新聞:中日春秋(朝刊コラム)
子供の頃(昭和40年代)には、まだまだ田んぼがいっぱいある所に住んでいましたが、タガメはあまり見たことはなく、やはり書かれているように当時でも希少種になっていたんでしょう。
田んぼにいるヤゴやオタマジャクシ、ときにはカエルまで食べるタガメ。狩猟方法は待ち伏せの一手だそうで、頭を下にして稲などにつかまり、獲物をじっと待ちます。呼吸はどうなっているんだと思いますが、なんとお尻にある呼吸管というのを水上に出して呼吸するそうです。そのために、ずっと水中で獲物を待ち続けることができます。捕まえた獲物には、針のように尖った口を突き刺して消化液を流し込み、溶かしながら体液を吸うそうです。
一見、ゴキブリのようにも見えなくはないですが、じっくり見るとかなり格好いい昆虫です。