- 中日春秋
永井荷風は、官僚であり、実業家でもあり、漢詩人としても知られた父久一郎(きゅういちろう)の晩年を随筆『来青花(らいせいか)』に書き留めている。<南船北馬その遊跡十八省に遍(あまね)くして猶(なお)足れりとせず、遥に異郷の花木を携(たずさえ)帰りて…悠々として余生を楽しみたまひき>
▼敬愛する中国の各地を南船北馬、つまり繰り返した旅から持ち帰った文物をめでながら暮らす。目指すべき理想の余生としている
▼八十七歳の神奈川県に住む男性と八十四歳の東京都の女性。詳しい情報は持っていないが、悠々とした余生の楽しみを南船北馬ならぬクルーズ船でのゆったりした旅に、託していた方々ではなかっただろうか
▼持ち帰った思い出をめでる日々を楽しみにされていたのではないかとも想像して、胸が痛む。新型コロナウイルスによる肺炎は、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗っていた二人の命を奪った
▼国内の死者は三人となった。いずれも八十代である。致死率だけみれば、比較的低いようにも思える新型肺炎だ。持病がある方であれば率は上がり、持病はなくとも高齢ならば危険は増すという。人の密度が高い船には、高齢者が多かったと聞く。このウイルスの怖さが強くあらわれる場であろう
▼乗客を留め置く間に感染者数は急増した。政府の対応も検証が必要だ。悠々とした旅の楽しみが暗転してしまった人々の回復をいのるばかりである。
中日新聞:中日春秋(朝刊コラム)
子供たちが親にプレゼントしたクルーズ船旅行、そんなこともあろうかと思います。
それで親たちに辛い思いをさせて、死なせてしまったとしたら。
悔やんでも悔やみきれないだろうな…。
いろいろ言われているクルーズ船への対応ですが、これを検証しマニュアル化して、これからも発生すると思われるこういった事象に対応してもらいたい。